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真紀子通信title  国政報告会 No.2 2007.10.10
男女共同参画を見つめ直す
日本の危機的経済状況は強力かつ急速な構造改革の結果、少なくとも数字の上では何とか最悪の事態はまぬがれました。しかしわき目もふらずに走り続けた為に見落としてしまったりまた、取りこぼしてしまった多くの問題があったように思います。少し歩みを止め改めて後ろを振り返ってみると、息切れをして立ち止まっている人達、しゃがみこんでいる人達も見えてきます。私はそんな中に取り残された子供達の姿もあるように思います。私たちは今、少しばかり歩みをゆるやかにし急速な社会の変化の中で取り残されてきた、実はとても大切なことを改めてひとつひとつ拾い上げていかなければいけないのだと思います。
日本経済の将来は、女性の労働力にも大きくかかわってきます。男女共同参画も、国の重要政策のひとつとして取り上げられ、女性が働きやすい社会を目指す方向性が示されてきたところです。しかし働く女性にとって、日本の社会制度はまだまだ未熟で万全とは言えないと思います。女性の社会進出のひずみは何よりも家族のあり方を変え、子供達の丈夫な心の育ちを阻害するものとなっていったのではないかと思っています。女性が働きやすい社会の構築の中で女性が安心して一定期間であっても家庭に入り、子育てをできる仕組作りが実は最も要になるのではないかと思うのです。子供達がたくましく生きる勇気と力は、健全な心の育ちにあると確信しています。母親が亡くなった場合は別として、母親がいるにもかかわらず母親不在での子供の育ちはどこかもろさを感じます。
不登校、ひきこもり、様々な問題行動と言われていることは私達大人に原因があるのかもしれない。私達大人が作ってきてしまった社会のひずみの中で子供達がSOSの叫びを発信しているのではないか。子供達の抱えている悩みの原点は、実は私達大人の問題であることを再認識したいと思います。すぐに消費税25%の国々のようにはいかないかもしれませんが、日本でも少なくとも3年位はお母さんが家庭の中でゆったりと子供を育てることができ、その後の職場復帰も保障されるシステムを構築したいものです。すべての家庭、すべての子供が同じ ではないとは思いますが、それでも子供にとって一番大切なのはたった1人しかいないお母さんです。今本気で子供の目線で男女共同参画を見つめ直すことも必要だと感じています。
教育の「教」と「育」それぞれに深い意味あいがあると思います。「育」はまさにそれぞれの家庭で、家族と共に暮らす日々の積み重ねの中で自然のうちに子供達自ら気付き、知恵をつけ、心を丈夫にしていくことのような気がします。「教」はむしろ教育現場で先人の知恵を授かること。子供達はその頂いた豊かな知識を自ら考える糧とし、いつの日か自ら悟り、いつしか「育」と同化させていくのだと思います。

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